ヨルダンで教えてもらった、家族の大切さ、そしてパリ同時多発テロに思うところ

世界を舞台に
ダイナミックに生きる人生を夢見ていた。

世間を知らない10代後半の若者には、
夢なんて、
これくらい漠然としたものでいいんじゃないかと思う。

漠然としていたが、本気だった。

15歳で家を出て、
自分と向き合いながら、
人生をどう生きようか、
ずっと考えてきた。

父の影響は大きい。

尊敬していた父を
超えたかった。

超えるには、漠然とだが、
日本では無理だと思った。

だから、

世界を舞台にして生きる人生に、
自分の未来を見いだしていた。

思いがけない出会い、
素晴らしい導き、
自分で切り開いたチャンス。

全ては、

世界を舞台に生きる人生

のロードマップにある
用意され、予定されていた出来事のように、
自然に道が開いていき、
必要なものは全て準備されているように感じられた。

しかし、それは一旦保留になった。

なぜ、保留なのか。

それは、僕にとっては、
ある日突然突きつけられた、
父の死。
そこから生まれた、

理不尽な選択肢。

 

夢をいったん脇に置いて、

実家に帰り後継者の道を選んだ。

うまくいきそうだったのに、なぜ。

理不尽に感じた。

 

でも、なぜ理不尽を選んだのか、
いや、選ばざるをえなかったのか。
受け入れたのか。

 

それは、
青年海外協力隊員として赴任したヨルダンで
家族の大切さを教えてもらったから。

 

これが大きな理由だ。
一人、東の果てからきた僕を、
まるで自分の兄弟のように、
家族のように温かく迎えてくれた人達がいる。

 

同僚、同僚の友人、大家さんの家族、
近隣住民。

 

みんな、本当の家族のように迎えてくれた。

 

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人生は、心が動かなければ変わらない。

 

どんなに、すごい教えを授けられたって、
心が動かなければ、
その教えも、
ただの
過ぎ去る風と同じ。
僕は、ヨルダンで出会った人々に、
イスラム教を信じる人々に、
心が動かされた。
何が大切なのか、
ということを教えられた。
一番大切なもの、
それは、家族だ。
だから、家族のために、
人生を使ってみようと考え、
心の中では理不尽と思いつつも、
選択した。

 

しかし、一度そう心を決めたが、
迷いはふっきれたわけではない。

24歳のあのころ。

本心では、絶望していた。
俺の今回の人生は、
ここで終わるんだと思った。
夢見た、
世界を舞台に生きる人生を、
その夢は保留ではなく、
終わりを告げなければいけないと思った。

 

もう、一生、
思うようには生きれない。
故郷の町で、
静かに生きていかなければいけない。
今思えば、
なんと視野の狭い考えしか持ち合わせていなかったのかと思うし、
大げさに聞こえるかもしれないが、
あのころの自分には、
目の前に広がる光景は暗闇でしかなかった。
その暗闇の中から、
できるだけ明るい一面を、
一筋の光明を、
一抹の希望を、
抱こうと自分を自分で勇気づけずに、
自分を律しなければ、
生きていけなかった。

 

誰にもいえなかった。
言える環境はない。
人生の目前に広がる暗闇。
もしかしたら、
あのころの自分と同じような暗闇を体験しているのが、
静かに、慎ましく生きてきた
フランスに住むイスラム教徒かもしれない。
以前、妻と訪れたパリで
宿泊したホテル。
そのレストランで働くのはアルジェリア系のフランス人。
アラビア語が聞こえてきたので、
アラビア語で話しかけてみた。

 

なぜ、ここで働いているのか、
次はベルギーに行くが、
どこが見所か。
いろいろ教えてもらった。
彼らは今、どんな気持ちで、
どこで暮らしているか。
もしかしたら、もう、
あのホテルでは働いていないかもしれない。
今、イスラムと名乗る、
イスラムではない考えをもった集団による衝撃が、
世界に広がっている。

 

当時、ヨルダンで、
同僚の家で団らんしながら、
テレビに映るアルカイダについての
アルジャジーラの報道を見ながら、
同僚が語ってくれたことは、
「あれは(アルカイダのやっていること)は、
イスラムの教えにない。イスラムを誤解しないでほしい」
ということだっ
た。

 

コーランについて、
イスラム法学について、
僕は知識不足だ。

 

だけど、僕は知っている。

 

何より家族を大切にし、
静かで、平穏に満ちた日々を大切にし、
金曜には地元のモスクで礼拝し、
車座になって食事を囲み、
手を繋ぎあって踊り、
周囲の友人を大切にする
心優しき人々を。

 

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誤解が世界に蔓延しないでほしい。

もし、一方的に避けるような人がいたら、

 

伝えたい。

 

あなたは、実際に、
彼らに会ったことがありますか?

 

彼らを知ろうとしたことが、
ありますか?

 

と。
世界は思ったよりも小さく狭い。

 

知ろうとする気持ちがあれば、
もう努力は必要ない。

 

長い距離を移動する必要もない。

 

ただ、一歩、
外に踏み出せばいい。
もしかしたら、ワンクリックで可能かもしれない。

 

マザーテレサは言った、
『愛の反対は憎しみではなく無関心です』
いま、僕たちにできることは、
世界で起きている恐ろしい出来事を
他人事と聞き流すのではなく、
ただ憂うだけでなく、
関心を持つことなのではないだろうか。
そう思う。

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