初めまして、松本興太です。

 

この記事では、まだ私のことを

よく知らないという方に向けて、

自己紹介をさせていただきます。

 

 

父が病に倒れたのを期に、会社経営の世界に飛び込み、

リーマンショックや危機的状況を乗り越えながら、

事業立て直し、

無借金経営などを経て、

2017年3月に会社をM&Aにて手放すまでに学んだ

 

「 実体験から得た知恵 」を

分かち合えればと思い作成しました。

 

 

私は24歳の時、「柔道指導者」から一転、

工場の経営に携わることになりました。

 

大学生のころ、

 

国連で働きたい!

 

と思うにいたる出来事がありまして、

(ここはまた追々書きたいと思います)

 

まずは海外での実務経験が必要だ!

 

ということで、

同期が企業に就職していくなか、

卒業後すぐに、青年海外協力隊に参加しました。

実は、卒業のための単位もギリギリだったんですが、

なんとか卒業させてもらえました(笑)

 

そして、中東のヨルダンという国で、

2年ほど柔道を指導していました。

 

アラビア語を駆使して、

ナショナルチーム選手を育成する仕事は、

投げ出して帰りたくなるような程大変なことも多かったですが、

とても良い経験になり、その交友関係は今でも続いています。

 

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そして、0から始めた教え子達が、なんと、

2020年東京オリンピックを目指せるほどに成長し、

頑張っています。

 

 

海外経験も積んだし、

仕事の魅力もやりがいも体感した。

 

なにより、文化も習慣も全く違う人達と、

柔道という日本の国技を通して、

お互いの気持ちを通じ合わせ、

一つの目標に向かって熱い気持ちを共有できた経験は、

 

世界の平和に貢献する仕事がしたい、

国際協力の世界でやっていきたい!

次の進路は海外の大学院だ!

 

という気持ちをより一層強いものにしました。

 

そう考えていたのも束の間、

父から

 

『癌になった。長くもたないかもしれない・・・・。』

 

との電話。

 

こんなに早く親が亡くなるかもしれないなんて・・・。

強烈なショックでした。

 

父は中卒で、苦労して事業を立ち上げた、

たたき上げの経営者でした。

当時、53歳で、

40人の社員を抱えていました。

 

 

「俺も好きに生きてきたから、おまえも好きに生きろ」

 

そう言われてきました。

 

じゃないと、なかなか

 

「海外に行く!?いいじゃないか!」

 

なんて言わないですよね。

 

特に継いでほしいと言われたこともなかったのですが、

(53歳だったので、まだまだやる気だったことでしょう)

 

今は自分の夢ではなく、家族のために、

自分が出来ることをするほうが先なんじゃないか?

 

 

そんな気持ちが湧いてきました。

 

なぜかというと、

ヨルダンで過ごす2年の中で、

家族の大切さを学んだからです。

 

それまでテレビや報道で見る

中東とのイメージとは違い、

 

僕がお世話になったヨルダン人は、

人生の中で何よりも家族を大切にしていました。

 

 

工場では、主に電気電子機器を扱っていましたが、

私自身は全く触ったこともありません。

 

数学も理科も赤点レベルの苦手分野。

 

自分に何ができるのか?

 

入ったからといって、

うまくやれるのだろうか?

 

 

悩みに悩んだ末、

日本に残り、経営の世界に飛び込みました。

 

 

入社直後に現場をしるために、取引先に出向し、

工場の生産ライン作業者から

あらたなキャリアをスタートしました。

 

 

この経験は想定外なことの連続で、

 

・就職したこともないし、「柔道」と「ボランティア」しかしたことがないの?何しにきたの?

・小柄でカワイイ年下の派遣の女の子より、全然使えないなお前。と罵られる

 

あまりにも大きな変化に、

『無価値』を突きつけられる厳しく辛い毎日でした。

 

 

 

 

取引先の次の経営者となれば、

工場内での視線も違います。

 

使えないヤツと思われると、

今後取引してもらえなくなるのではないか。

とビクビクしていました。

露骨に馬鹿にされることもありました。

 

 

今となっては時効だと思うので告白しますが、

一回だけ、

仮病で休みました。

 

心では行こう、行こうと思うのですが、

体が言うことをきかず、

ドアノブに手を触れることができず、

寝返りを打つと落っこちてしまいそうな

狭いベットの中で泣きました。

 

悔しかったです・・・

 

できれば思い出したくない事ばかりです。

 

 

檄を飛ばされながら、

一つずつ、着実に、

恥とか、プライドとか関係なく、

わからないことはわからないとはっきり言って、

なんとか仕事を覚えていきました。

 

しかし、そんな努力の裏で、

世界は着々と

リーマン・ショックに向かっていました。

 

 

結局3年いるはずでしたが、

リーマン・ショックで仕事量が急減し、

希望退職も募るような状態になりました。

真っ先に出向者は切られます。

 

 

仕事もイマイチ覚えられない中途半端な状態で、

心配と不安しか無い中、

会社に戻ることになりました。

 

生産ラインでの日々もなかなか辛かったのですが、

ここからもっと辛い日々が始まりました。

 

なんと、受注していた仕事がほとんど無くなったのです。

 

仕事の急減で一時期は週休6日の日々。

 

輪をかけるように品質不良による

取引先とのトラブル。

 

社員にも辞めてもらわなければいけない。

心苦しい日々。

 

お金は出ていくばかり、

社内の人間関係も悪化、

 

頭をよぎるのは、「倒産」の二文字。

 

当時26歳。

青春を謳歌しているはず、

海外で夢に向かって生活しているはずだった人生は、

どん底にまっしぐらな

ジェットコースターに乗っているような状態でした。

 

 

 

なんとかしなくては・・・。

 

そう思ったのですが、

何から初めていいかわかりません。

 

経営者といっても、

結局、技術を学ぶための出向がメインだったので、

お金のことも経営のことも

まったく1からのスタートでした。

 

当時は、システムも経験も、組織もなく、

帰ってきたときは、会議すらありませんでした。

 

・お金のこと

・組織やマネジメント

・ビジネスモデルのこと

・社内の人間関係のこと

・営業のこと

 

何から手をつけていいかわからない。

 

これからどうしていくのか?

社内で、いろいろモメました。

 

まぁ、詳しくは書けませんが、

あなたがご想像されるようなドロドロな感じですよ(笑)

 

 

そんな中、まずはホームページだ!

と思い立ち、

一人でホームページを立ち上げ、

営業を始めました。

 

ビジネスは素人でしたが、

 

「会社のルーツを紐解き、強みを見つける質問」

 

を作りだし、

そこから導き出されたことを形にして、

 

コンセプトとポジショニング

 

を作りました。

 

 

そして、そのコンセプトとポジショニングに基づいて作ったホームページから

 

 

なんとか、新規受注を得ることができ、

これがV字回復の大きなきっかけとなりました。

 

 

 

しかし、営業だけでは長期的には無理だし、

そもそも経営について、何も知らない。

学ばなくてはいけない。

 

 

経営管理全般について学ぶ講座に、

わらにもすがる思いで参加しました。

 

なんとか学ぶ場は見つけたのですが、

自分が何も知らない、という現実を突きつけられ、

激しく落ち込みました。

 

 

 

良い同期に恵まれ、

学んだことを素直に実践していくことで、

次第に状況も改善していきました。

 

倒産が頭に浮かんだ手取り10万円生活から、

経営を安定させていくことができました。

 

それからも幾度か困難な場面に直面しましたが、 

出会った先生や

活躍されている方に個別に会いに行き、

相談に乗ってもらいました。

 

 

ビジネスのこと、

社長とは、

リーダーとはなど、

参考になる本や考え方をいろいろ教えてくれる方が現れ、

当時のことをうまく思い出せないくらい、

必死に、がむしゃらにやった結果、

実際に無借金経営になり、業績も向上しました。

 

 

それから、紹介される本を読みあさったり、

成功している人に話を聞きに行ったり、

東京だろうが、大阪だろうが、仙台だろうが、福岡だろうが、沖縄だろうが、

どこでも新潟からセミナーに通いました。

 

それまで以上に会社にいない日が多くなりました。

 

罪悪感を感じながらも、

自分が興味のあることを追求しはじめました。

 

けれど、同時に疑問も浮き上がってきました。

それは、

 

すごい話を聞いた。大興奮もした!

けれど、俺、

 

何から始めれば良いだろう・・・。

 

この疑問をどうしても解消したかったのですが、

なかなか最初のステップがわからなかったのです。

 

 

そんな時に、コーチングというものがあることを知りました。

 

ちょうど、NHKのクローズアップ現代で、

 

「コーチをつける社長たち」

 

という特集をやっていて、

タイムリーだったこともあり、

コーチをつけ、コーチングを学び始めました。

 

柔道のコーチだったので、

コーチというものがなんとなく想像がつきました。

 

実際にコーチング会社を紹介してもらい、

担当者を質問攻めしていたので、

コーチをつける気持ちの上でのハードルは低かったかもしれません。

 

 

コーチングを学びながら、

コーチをつけることで、

「自分の力」 × 「他力」が加わりました。

 

すると、今まで以上に

 

目標設定が機能しだして、

日々の仕事が効率化されて、

社内の問題が解決していきました。

 

コミュニケーションスキルが身についたことで、

社内の人間関係が改善され、

仕事を任せることができていきました。

 

一人で悶々と考えていたことがクリアになっていき、

行動も加速し、

出会う人と良い関係を築けるようになり、

人生がどんどん良い方向に進むようになったのです。

 

 

積極的に行動していくなかで、

メンターと慕う人にも出会う機会がありました。

 

特に大きかったのは

経営コンサルタントの神田昌典さんが主催する

 

「アジアで、あなたの才能を発見する」アジアユニティー

 

というプロジェクトに参加する機会を得たことです。

 

 

神田昌典さんとの出会い。

全国、海外からも集まった60名の経営者と交流。

 

自分の才能って何?

何ができるんだろう。

 

そんな事を考えながら

凄腕経営者の方とふれあう中で、

 

実はうまくいっているすごい人も、

悩みが全くない

というわけではないことに気づきました。

 

 

話を聞かせてもらうことが多くなり、

個人セッションのような形で

お話する機会がありました。

 

 

そうしたら、

周囲の人も驚くような劇的な心理変化があったり、

うまくいかなかった社員とのコミュニケーションが改善したり、

たった一度話をしただけで、

変化を受け取られる人もでてきました。

 

 

何より、

 

「こんなに親身に話を聞いてもらったことは、いつ以来だろう」

 

こう言われたことが一番嬉しかったです。

 

なぜかと言うと、

僕は人の話が全く聞けない人だったからです。

 

自分のことばかり話す人でした。

 

 

けれど、自分が苦しい時に、

一番してもらいたかったのは、

自分の話を聞いてもらうことでした。

 

そして、例外なく、

尊敬するメンターやコーチは全て

話を聞いてくれる人でした。

 

話を聞いてくれるとは、

受けとめてくれるということです。

君なら大丈夫と声をかけてくれました。

 

自分よりも自分の可能性を信じてくれる人がいる。

 

これは、何よりも希望になりました。

 

衝撃的な出会いから、

自分自身を探求していく過程のなかで、

思い返してみると、

 

劣勢に立たされている立場から

自分自身も立て直してきました。

 

日本だけでなく、

ヨルダンでは海外の人達に対しても

立て直しから新しい未来をともに創り上げてきたことを

思い出しました。

 

もともとやっていたコーチングに、

圧倒的な才能があることに気づくことができました。

 

 

その後、今度は私も個別に相談に乗って役に立ちたいと思うようになり、

コーチングをし始め、

それが顧問契約となり、

コンサルティングに発展していくなど、

 

お声かけいただき、上場企業での研修案件にも関わったり、

参加された70名の前でコーチングのデモンストレーションをするなど、

「資格」も「人脈」も「就職経験」もない「地方企業」出身の

私には考えられない経験に繋がりました。

 

 

3年以上お付き合いのある経営者のクライアントは、

出会った当初はとても気持ちが落ち込んでいて、

大きな壁に突き当たっていました。

 

そこから、

自分の本当に大切にしたいこと、

事業の方向性とコンセプト、行動指針を、

対話を重ねながら、

一人では到達しえないところにまで深く深く

明確にしていき、

 

自分が大切にしたいことに沿って、

幹部や社員との関係性を再構築、立て直し、

新しい可能性にチャレンジする時間を作り、

社員教育のための社内セミナーをするなど

社員の成長機会を作り、

 

売り上げも年30%以上アップが3年続き、目に見える成果を得られたと同時に、

出会う人も、提携する企業規模も変わり、

大きな業界団体の期待の若手として、

次世代理事に内定されるなど、

出会ったころとは全く違う人になっていくことを

支援させて頂く機会にも恵まれました。

 

 

私のビジョンは、

 

「誰もが一人で悩みを抱え込むことなく、愛と安心と自信を実感し、未来に新しい夢を描ける世界」

 

 

です。

 

自宅でも、職場でも、コミュニティでもない、フォースプレイス(第四の場)を提供し、自己成長に真剣なリーダーのパートナーとして、変化と挑戦を支援し続ける

 

 

をミッションに、

経営者のパートナーとして、

コーチング、コンサルティング活動をしています。

 

 

それを達成する私の才能は、

 

あなたの人生の根底に流れるルーツを紐解き、

見えづらくなってしまった心の声を聞き、

そこからの深い気づきから、

あなたの強みと技術と経験を掛け合わせた

コアコンセプトを作ること。

 

それを、わかりやすく言葉にし、

一貫性のある成長ストーリーに落とし込み、

 

そこに向かう日々を楽しみながら行動し、

生きがいを感じながら、

幸せで豊かな人生を実現させる後押し

をする才能です。

 

 

私自身も、何度も諦めそうになるときがありましたし、

人生をリセットしてしまいたいと

本気で思ったこともありましたが、

 

一つ一つの出会いの中で気づいたことを行動に移し、

何より、

自分の未来への好奇心を持ち続けることを

忘れなかったことが

今に繋がってきています。

 

 

このブログが、

あなたがあなた自身の未来に好奇心を持ち、

あなたらしさを大切にする第一歩の

きっかけになれば、これほど嬉しいことはありません。

 

 

 

タイミングが合えば、実際にお会いできることを、

楽しみにしています。

 

恐ろしく長い文章にお付き合いいただき、

ありがとうございました。

 

あなたとのご縁に、心から感謝いたします。

 

松本興太

 

 

 

 

※ 細かいエピソードを書けば、この3倍くらいになってしまうかもしれません。書けないことも当然ありますし(笑)

 

ここだけの話は、クライアントさんにだけこっそりお伝えするかもしれません(^_^)

 

 

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